ファーブルと代数

有名なエピソードかと思いますが、昆虫記で有名なファーブルは、知人に代数を教えて欲しいと頼まれ、しかし自分も代数を知らなかったのですが、徹夜で勉強して、そ知らぬふりをして相手に代数を教授した、という話があります。
いまさらながら、新しい学問や技術を身に付けるために、これは非常に有効な方法なのではないかと思い始めました。数学や工学の教科書を勉強するとき、教科書を通り一遍に通読しても、なかなか身に付かないものです。より良い方法は、演習問題をきちんとノートで解きながら読み進めるということですが、さらに良い方法は、それを他人に教える、ということだと感じています。たとえそれが無理でも、例えば自分でプレゼンテーション資料にまとめたりすると、自分で納得できない内容は説明できない訳ですから、自然と内容を咀嚼するようになる訳です。ある教科書で明解な説明が得られない場合、その平易な解説を得るために、適切な参考書や論文を探す術も身につきそうです。さらにいえば、自分がまとめた資料に目を通せば、一度忘れた内容も比較的容易に思い出せるのではないかと思います。
よく、人に技術を説明するときに他人が作ったプレゼンテーション資料を使う人があります。器用だなあと思う反面、自分で咀嚼していない資料で説明をすることには多くの危うさが付きまといます。加えて、自分の思考と異なる順序で説明をすることは、論理だった解説を難しくすることもあります*1
学生時代、教授の講義を一字一句正確に筆記していく友人を眺め、自分には真似のできないことだと思いましたが、逆に、PowerPoint を使ったような講義も(最近の大学の講義は知りませんが)、それが一見効率的に見えても、実は学生にとっては血肉にならない授業なのではないかと思います。やはり、手を動かして筆記したり、自分で演習問題を解くという作業は、何事にも代えがたい学習方法なのではないかと思います*2
大学時代に印象深い先生に M 教授がありますが、その先生は、ノートも見ずに黒板*3に延々と証明を書き続け、2枚の黒板が一杯になったころ、計算が合わなくなり、数式をずっと遡っていって、

あ、ここのプラスはマイナスの間違いですね。

と呟くなり、数式を書き直し始めたものです。私はノートをほとんど取らなかったのでヒトゴトでしたが、皆がブツブツ言いながらノートを書き直していたのを今でも記憶しています。ある真面目な友人などは、先生が白いチョークに戻すのを忘れて、延々と黄色いチョークで板書をしていたのを、そのまま赤いペンでノートにびっしり書き写していました…。

*1:私の場合、どんなショボショボの資料になるとしても、自分の思考順序で全部作り直します。他人が作ったプレゼン資料で説明するなんて、絶対無理。

*2:私は不真面目な(要領の良い?)学生だったので、講義中はほとんどノートを取らず、しかし試験前に教科書の演習問題を解き、なんとか及第してました。

*3:大学の黒板は、複数の黒板をスライドさせながら大量の筆記ができるようになっていた。