日本人のリスク感覚

これは愚痴の最たるものなので、あまり書きたくなかったのですが、ウイスキーの勢いで書いちゃおう。
最近、デリバティブなどで巨額の損失を出した私立大学やイタリアンレストランチェーンが話題になっています。大抵の日本人は、「やっぱり、堅実が一番だよ。嫌だねえ」という世間話になるんでしょうが、こういうのはある程度リスク管理の範疇であり、うまくいえば羨まれるだけで、損をしたときだけ「堅実が一番」というのは、あまりに問題を単純化しすぎています。マスコミの論調にも問題がある訳ですが。資産管理のリスクを回避しようとして、複数手段で資産を管理するのは国際企業では当たり前のことではないでしょうか。たまたま極度な円高になれば、日本円に換算したときに資産が目減りして見える訳ですが、それを大げさに強調しても何の問題解決にもならないでしょう。
もう一つは、金融機関の一般個人利用者の預金保護でしょうか。最近は金融機関の経営不安が話題となりますが、「でも、私の預金している銀行では預金が保護されるからねえ」という意見が大半ではないでしょうか。このため、我々は取引する金融機関の選定に真剣ではありません。だって、どこも金利は同じですし、預金は保護されるんですから。勢い、金融機関でも自社の経営努力を利用者に積極的に説明するモチベーションはありません。
私は金融の専門家ではありませんが、預金保護という仕組はリスク管理の一つの選択肢であるだけで、結局のところ、預金を保護するためにどこかで「保険」をかけているだけです。何もリスクを負わないで、ただでお金が戻って来るわけではないはずです。カンタンに言えば、それはたとえば、それは高い税負担とか低い金利など、どこかで預金者はツジツマを合わせられているのではないでしょうか。
もう一つ、これは一般の企業活動の話です。以下は、私が比較的よく見聞きしている製造業での極めて単純化した架空の話です。一部の企業では、リスクというのはとことん低減するのが当たり前であり、コストと比較する類の話ではないように論じられている節があります。あるいは、比較するのがタブーなのでしょうか。例えば、0.1% のリスクをさらに半分に減らすためなら、2倍の予算をつぎ込んでも構わない、というような…。多くの場合、そのようなコスト対リスク低減効果の見積すらしていないように思えます。以下、子供でも分かるような幼稚なたとえ話ですみません。

純化した架空のお話

ビデオ機器を販売している大手 A 社にリモコン設計部があったとしましょう*1。最近、ビデオ機器 VR-101 型のリモコン装置において、押しボタンの一つ「時刻設定」に不具合があり、品質管理部門によれば、常に同じ圧力と時間でボタンを押下試験をしているにも関わらず、100回に 1回の割合でボタン押下を正常に認識しないことが判明しました。高い製品品質を目標としてる A 社としては由々しき問題です。これでは、価格が 1/2 の発展途上国の安価なビデオ機器に世界市場を奪われかねません。リモコン設計部部長の号令により、若手技術者 5人を中心とする品質改善プロジェクトチームが編成されました。また、ボタンに使われる導電ゴム接点のメーカー B 社にも苦情を申し入れ、6シグマを用いた品質向上活動が開始されることになりました。導電ゴム接点の品質安定のためリモコン設計部部長は、問題の根本原因が明確になるまで、B 社には毎週の改善活動報告を要求することになりました。B 社としては確かに負担はありますが、A 社は重要顧客であり、企業としての生き残りに関わる問題です。B 社は 3人の材料技術者に連日の深夜会議を課し、2ヶ月後、ゴムに配合している化学材料 R の配合率が正しく管理できてないことが分かりました。ようやくこれを A 社に報告することができ、一安心です。A 社では今まで品質管理部門の承認が得られず、ビデオ装置の製品化が 1ヶ月遅れ、さらにリモコン装置の全数出荷試験による負担のため、ビデオ機器の出荷台数を 30% ほど抑制してきましたが、今後は生産ライン能力を 100% 使って出荷が続けられそうです。良かった良かった。
しかし後ほど分かったことですが、同リモコン製品の「時刻設定」ボタンは、ビデオ機器の設計寿命 8年のうちで、平均して 4回しか押されていないことが分かりました。顧客クレーム管理台帳の中で、リモコンのボタン操作に関するクレームは全体の 0.2% で、そのうちの 70% は「リモコンの乾電池寿命」が原因であることが分かりました。しかし A 社は完全を期すため、マニュアルを改版し、

お客様へ: リモコンの品質には万全を期しておりますが、万が一『時刻設定』ボタンを押しても時刻設定画面にならない場合は、大変恐れ入りますが、もう一度ボタンを押し直すよう、お願い申し上げます。

という説明書きを追加することになりました。幸いなことに、その後も特にお客様からのクレーム動向には変化はないようですが、マニュアル作成部では改版のために 500万円も投入したので、その報告にマニュアル作成部部長は苦い顔をしています。

*1:今は普通 OEM でしょうが、とりあえず。