ARRL Antenna Book

昨日、地震速報があったとき、私は先日購入した ARRL の Antenna Book を読んでました。日本にも類書はありますが、ARRL のは濃くて面白いです。また、定期的に改版されていて、現在のは 21st edition となっています。この辺のアグレッシブさに感心します。面白かったところをいくつかピックアップしてみましょう。

理論編

一つは、アンテナの理論編でしょうか。米国の教科書の類って、他書とは異なる視点で問題を捉える術に長じていると感じることがありますが、本書も同様です。面白いのは、まずある周波数向けの中央給電半波長ダイポールを取り上げ、その特性インピーダンスにリアクタンス成分*1があることを説明しています。結果として、電線を半波長に切り出してダイポールにしてもその周波数に共振しない訳で、このダイポールで周波数を振ったときに、インピーダンスの抵抗成分とリアクタンス成分がどのように変化するか、というテーマを、グラフを使って説明しています。今までそのような解説を見たことがなかったので、ちょっと目から鱗が落ちました。この分析から、半波長ダイポールの短縮率の話に進み、ワイヤ長を少し短くすることで半波長ダイポールのリアクタンス成分を相殺することができる、という結論になるのでした。実に分かりやすい説明です。また、あるダイポールが、1/2波長以外に、どのような波長で共振するか、という説明も面白いです。

電磁界の許容被曝量について

さらに同書は、いかにも米国の本らしく、安全に関するテーマが重要視されています。本の最初の章は「安全」に関する内容なのです。直接の安全、つまり、アンテナ敷設中の落下事故をいかに防止するか、という説明もありますし、さらにアンテナから発生する電界、磁界による被曝の危険性についても記述があります。これは、米国のアマチュア無線では大電力が容易に免許されるという背景もあるでしょうし、また、PL 法のお国柄だという理由もあると思うのですが、それ以上に、本当に無線が好きな人たちが、その趣味で事故にあったり健康を害したりしないように、という温かい視点も感じる訳です。日本にも良い書籍はありますが、無味乾燥な内容のものが多く、このような本を見るとなんだか嬉しくなります。

米国のハムもアンテナには苦労してる

もう一つ。日本人から見ると、アメリカは広大な国で、裏庭でもどこでも大きなタワーが立てられそうに思えますが、実はそんなことはなく、特に住宅地などでは、日本以上に皆で決めたルールというのが非常に厳しいところだそうです。簡単なところでは、ある住宅地にいくと、ありとあらゆる建物の壁が同一色でペイントされていたりするのも、その一つでしょう。私は以前、テキサス州のヒューストン近郊を訪れたとき、Best Buy という家電屋の壁が全体アイボリーに塗られていたので、周りをぐるぐるとクルマを走らせながら、いつまでも見つけられなった経験があります。一般には、マクドナルドなどと同様に、Best Buy にはコーポレート色というのがあるわけです(参考)。
閑話休題。というわけで、米国でも都市部や住宅地に住む一般のアマチュア無線家は、アンテナの敷設に苦労しています。アンテナの具体例の説明が始まると、まず最初に、いかにアンテナを目立たなく敷設するか、という話が始まるのです。これは大いに参考になります。しかしやはり規模と単位は日本と違っていて、たとえば近所から見えにくいアンテナを敷設するには AWG #24 か #26 のエナメル線を用意し(← いきなりアメリカンゲージで説明される。ちなみに AWG #26 というと、少し太めのラッピングワイヤくらい)、その太さなら 160フィート(50メートルくらい)くらいまでは抵抗によるロスを気にせずに利用できるでしょう、とか書かれています。日本の住宅地に住んでいる人で、50メートルのワイヤーを立ち木に向かって張れる人がどれだけいるのでしょうか! しかし、ちゃんとすぐ後に、もっと細いワイヤーでも 30〜50フィートくらいまでは大丈夫だろう、みたいな記述があり、これはちと嬉しいです。10メートルくらいのワイヤーなら、私でも張れるかなあ。でも、アンテナを張れる立ち木なんて、近くにないよなあ。

CD-ROM

一つ忘れてました。本書の特徴の一つに、本文が全て CD-ROM 内に PDF で収められていて、本文の検索ができるということです。ここまで大胆なことをする書籍って少ないと思いませんか?
そんな感じです。ご興味を持たれた方は、ぜひ原文で読んでみてください。拾い読みでも面白いですよ。

The ARRL Antenna Book: The Ultimate Reference for Amateur Radio Antennas, Transmission Lines And Propagation

The ARRL Antenna Book: The Ultimate Reference for Amateur Radio Antennas, Transmission Lines And Propagation

*1:ちなみに同書は英語の勉強にもなります。リアクタンス成分があることを英語で reactive と言います。つまり reactance と同じ語源を持つ単語なのですが、reactive は「反応的な」という意味になります。日本の多くの電気技術者は reactive という英単語を知っていても、これと reactance の言語的な関係までは、あまり意識することはないですよね。ちょっと勉強になりました。